4、親に「家族信託」を説得する方法|親に「決定権」を与える重要性

「ちゃんと調べて、ちゃんと説明すれば、親は分かってくれるはず」

私もずっとそう思っていました。半年くらいかけて家族信託のことを調べて、費用もデメリットも頭に入れて、あとは話すだけ、という状態まで持っていきました。

でも先に結論を言ってしまうと、説明すればするほど、親は頑なになります。

うちの父はそうでした。そして失敗してから色々考えて、理由も分かった気がしています。今日はその話です。

目次

40秒で終わった一回目

うちは両親が離婚していて、父は実家で一人暮らしをしています。そしてアパートを2棟持っていて、年金と家賃収入で生活しています。

私が家族信託を調べ始めたきっかけも、このアパートでした。

認知症で口座が凍結される、という話は知っている人も多いと思いますが、調べていくと、止まるのは預金だけじゃないと分かったからです。アパートを所有している場合、全ての契約行為ができなくなります。

私は家族信託の話を切り出すために、実家に帰りました。そして帰った日、父と二人で晩ごはんを食べていました。

その時、テレビでたまたま特殊詐欺のニュースをやっていて、私は「あ、今だ」と思ってしまったんですね。

私:「父さん、認知症になったら口座って凍結されるらしいよ。家族信託っていう制度があって…」

父は、ビールを開けようとした手を止めました。

父:「……俺がボケるって言いたいのか」

怒鳴られたわけではないです。むしろ静かな声で、それが余計にこたえました。

父:「まあ、まだいいだろ、そういう話は」。

それで終わりです。時間にして40秒くらいだったと思います。あとはお互い黙って食べて、テレビの音だけがずっと鳴っていました。

帰りの電車では、ずっと「説明の仕方」を反省していました。資料を作ればよかったかなとか、費用の話を先にすればよかったかなとか。

でも今思うと、反省する場所がそもそも違っていました。

ダメだったのは、話の「入り口」だった

後になって、あの時の会話を反芻しました。

「認知症になったら」は、父からすると「お前はもうすぐボケる」です。

そして私はあのあと「財産の管理を任せてほしい」と続けるつもりでした。これはもう、どう聞いても「財産を俺に寄こせ」と聞こえるはずです。

つまり父は、家族信託を断ったわけじゃないんですよね。だって父はまだ家族信託が何かを知らない。

父が嫌がったのは、自分のことを、自分抜きで決められそうな気配だったんだと思います。

人って、自分のことを勝手に決められそうになると、内容を聞く前に嫌になりますよね。提案が正しいかどうかは関係なく。

私が熱心に説明しようとすればするほど、父からすれば「外堀を埋められている」感じになる。

あと、もう一つ気づいたことがあります。私にとって「親の認知症」はリスクの情報なんですが、父本人にとって自分が衰える話は、ただ怖い話です。

だから「まだいいだろ」は、反論というより、心のシャッターが降りた音だったんだと思います。

ここまで考えて、やっと分かりました。直すべきは説明の中身じゃなくて、入口でした。

そもそも、なんで私がそんなに焦っていたか (アパートの話)

アパートなどの収益不動産を持っている親がいる人には、たぶん他人事じゃない話かと思います。

口座が凍結されると、預金が下ろせなくなります。これはまだ、最悪、子が立て替えるという逃げ道があります。きついですが。

でもアパートは、代わりが効きません。

アパートは、経営判断や契約行為が関わってきます。

外壁や屋根の修繕を発注する。退去が出たら、次の入居者と契約する。古くなってきたら、直すか売るかを決める。これ、全部、所有者本人にしかできない契約です。

父の意思確認ができなくなると、この全部が止まります

空室が出ても埋められない。数百万円かかる外壁修繕も発注できない。雨漏りしても大きな工事の契約ができない。そうやって家賃収入がじわじわ減って、建物も傷んでいく。

「不」動産が「負」動産になっていくのです。

成年後見人をつければいいのでは」と思った方もいるかもしれません。

私も同様に調べました。後見人の仕事は財産を「守る」ことで、経営はしてくれません。修繕するか、入居条件を変えるか、売るか、みたいな判断は基本的にできない。しかもアパート2棟分の財産規模だと、後見人への報酬は月5〜6万円クラスで、それが父が亡くなるまで続きます。

家族信託なら、決めておいた範囲で、修繕も入居者との契約も、必要なら売却も、子が代わりにできます。

つまり、アパートを持っている家にとって凍結は、「お金が下ろせない」じゃなくて「収入が止まって、資産が傷んでいく」という形でやってきます。

だから私は焦っていました。しかし、焦りは、一番バレてはいけない相手に、一番バレます。

(凍結で何が止まるかの詳しい話と金額の試算は、別の記事にまとめてあります → 内部リンク:C記事)

2回目にやったこと

先に妹に電話した

2回目に父に話す前に、横浜にいる妹に電話しました。

切り出し方は「父が認知症になったら、俺とお前が介護費用を立て替えることになるかもしれない話なんだけど」。

財産の話だと警戒されますが、「二人とも損するかもしれない話」だと、ちゃんと聞いてもらえます。アパートの経営が止まる話も、このとき妹に説明しました。

30分くらい話して、妹が最後に言ったのがこれです。

妹:「それ、私が知らないまま進められてたら、たぶんお兄ちゃんのこと疑ってたわ」

正直、ヒヤッとしました。父の手前にもう一個地雷があったということなので。

それっぽい話題にはがっつかないこと、が下心を感じさせない

もう一度挑戦しようと、正月に帰省しました。

その二日目の夜、父がぽつっと「田中が、入院したらしい」と言いました。

近所に住む、仲のいい田中さんです。父の数少ない親友です。

ここで話題に乗っからなかったのが、一回目との違いです。

話題に乗っかると、下心は必ずバレます。その晩は、その話題をスルーしました。

話をしたのは翌日の朝です。父がお茶を飲んでいる、一日で一番機嫌のいい時間です。

テレビはついておらず、お酒も入っていません。

「父親を頼る子供」というスタンスで臨む

私も一緒に座り、お茶を片手に、こう言いました。

私:「これ、父さんがどうこうって話じゃなくて、俺の問題なんだけどさ」

重い前置きはなしで、さらっと切り出します。

私:「もし父さんの口座が使えなくなるようなことがあったら、施設代もアパートの修繕費も、俺か美咲(妹)が立て替えることになるんだよね。俺が安心したいから、元気なうちに段取りだけ聞いてもらえないかな」

「認知症」も「家族信託」も言っていません。

主語も「父さんが衰えたら」じゃなくて「俺が困る」です。

頼む側に回ると、父は頼られる側のままでいられます。

父:「……この前、言ってたやつか」

覚えてたんだ、と思いました。

ここで大事なのは、あくまで父を上に立てて、「父を頼っている子」として話すことです。

ただ、これは演技ではありません。施設代を立て替えるのは本当に厳しいし、父の協力がなければ本当に何も進められない。

つまり、頼っているのは事実です。

父を立てる形になっていれば、父の決定権はどこも削られていません。だから父は、警戒せずに話を聞いてくれます。

結局「本心」で話すのが大事。相手の言葉には、まず「同意」で受け止める。

そこからの父の質問は、だいたい調べていた通りに出てきました。

父:「縁起でもねえな」

私:「そうだよね、俺もそう思う」

と、まず同意で受け止める。

父:「まだ早い」

私:「だからこそ元気な今のうちに済ませたいんだよ。これ、元気なうちにしかできない手続きらしいから」。

まだ早い、と言われたときの返事は、結局これしかないと思います。

判断能力があるうちにしかできないからこそ、柔軟な設計ができる。というのは家族信託の強みでもあります。

父:「俺の財産をお前に渡す気はないぞ」

私:「うん、そんな気はない」。

父:「アパートはどうなるんだ」

私:「そこが一番大事なところでさ。もし父さんの意思確認ができなくなると、修繕の発注も、新しい入居者との契約もできなくなるんだって。空室が出ても埋められない。」

ここで初めて、「家族信託」という単語を持ち出しました。

私:「家族信託にしておけば、俺が父さんの代わりに契約や修繕の時、動ける。家賃は今まで通り、全部父さんに振り込まれる」

父はしばらく黙っていました。30年近く所有してきたアパートです。

「賃貸契約が止まる」という言葉は、たぶん「口座が凍結される」より、ずっと具体的に響いたんだと思います。

父:「金がかかるんだろう」

私:「かかる。うちはアパート2棟分の登記もあるから、たぶん100万くらいはみておいたほうがいいと思う」。

父の眉が動いて「高いな」と言われたので、「俺も最初そう思った」と返しました。本心です。

ただ、何もしないと、被害は100万円では済まない。

お金のことは、先にこっちから「高い」と言ってしまったほうがいいです。

少しでも隠す感じが出ると、たぶん全部疑われます。(このとき父に見せた試算はこちらに置いてあります → 内部リンク:D記事)

質問が終わると、父は黙って庭を見ていました。何か付け足したくなりましたが、我慢して私も庭を見ていました。しばらくして父が言いました。

父:「考えとく」

その日はそれで引き上げました。

引くのは負けじゃなくて、手順の1つだと思えたのが、一回目との一番の違いかもしれません。

一人暮らしの父には、考える時間はたっぷりあります。

3週間後、向こうから電話が来た

3週間くらい経った頃、実家の番号から電話が来ました。父からの電話は年に数回あるかないかです。

父:「この前の、あれな。契約とかすぐやる気はないぞ。ただ、話を聞くだけなら、行ってやってもいい。お前が間違って覚えてたら困るしな」

最後のは照れ隠しだと思いますが、ありがたく乗っかりました。

実際、素人の私が間違って覚えている可能性は普通にあるので、専門家に一緒に聞きに行くのが一番確実です。

特にうちはアパートがあるので、どの財産を信託に入れるか、ローンや登記をどうするか、素人だけで決めるのは無理だと思っています。

それに、同じ内容でも、子どもから言われるのと第三者から聞くのとでは、親の受け取り方が全然違うみたいです。

決定権を父に残すことが、成功の秘訣

長々と書きましたが、二回目にやったことを全部まとめると、たった一つになります。

決める権利を、最後まで父の手に残したまま話した。 それだけです。

アパートの話も、「経営が止まる」という事実は伝えましたが、止めないためにどうするかを決めるのは父です。

事実を渡して、決定権は父に残す。

言葉に迷ったら、この表だけ持って行ってください。左は私が一回目に踏んだ地雷、右はその言い換えです。

言いがちな言葉親にはこう聞こえる言い換え
認知症になったらお前はボケるもし入院とか、何かあったとき
財産を管理させて財産を寄こせ契約や手続きを手伝えるようにしたい
一人で大丈夫?生活への駄目出し離れてると俺が分からないから教えて
早くしないと手遅れ脅し元気なうちにしかできない手続きなんだって

それから、最初のゴールは「契約してもらうこと」じゃなくて、「一緒に専門家の話を一回だけ聞きに行くこと」にしておくのがいいと思います。

無料で、一回だけで、聞いた上でやらないと決めるならそれでいい。

そう思い、父親と一緒に、専門家へ相談に行きました。

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