親が賃貸アパートやマンションを持っている人に、先に一番大事なことだけ書きます。
認知症で怖いのは「口座が凍結されて預金が下ろせないこと」だと思われがちです。でも収益不動産がある家にとって、本当に怖いのはそこじゃありません。
親の意思確認ができなくなった瞬間、アパートの経営が、まるごと止まります。 修繕も、入居者との契約も、売却も、全部です。
しかも預金凍結と違って、これは静かに進みます。家賃は最初のうち普通に入ってくるので、止まっていることに、しばらく気づけません。
うちは父が一人暮らしで、アパートを2棟持っています。「父に何かあったら、このアパートはどうなるんだ」と思って調べ始めて、わりと青ざめました。順番に書きます。
ポイント1:アパートは「持ち物」じゃなくて「経営」
まず認識を改めたのがここです。アパートは「父が持っている資産」じゃなくて、日々動いている「経営」でした。
退去が出れば次の入居者と契約する。設備が壊れれば修繕を発注する。傷んできたら大規模修繕する。古くなれば、直すか建て替えるか売るか決める。この全部が、所有者である父にしかできない契約ごとです。
認知症で父の意思確認ができなくなると、この契約が結べなくなります。銀行口座と同じで、不動産も本人の意思が確認できないと取引できないからです。具体的には、こうなります。
- 空室が出ても、次の入居者と契約できない。 部屋は空いたまま、家賃だけが減る
- 修繕ができない。 雨漏りしてもエアコンが壊れても、工事を発注できない。住人も困るし、建物は傷む一方
- 売れない。 「もう無理だから売って施設代に」と思っても、売買契約が結べない。買い手がいても、です
家賃が細り、建物の価値も落ち、でも何も手を打てない。これが収益不動産の「凍結」でした。
ポイント2:なぜ「静かに」進むのか
ここが預金凍結と一番違うところです。
預金の凍結ははっきり起こります。窓口で大きなお金を動かそうとして止められて、「あ、凍結された」と分かる。
でもアパートは、きっかけがないと気づきません。今いる入居者が住み続けている限り、家賃は普通に入ってくるからです。表面上は何も変わらない。
問題が表に出るのは「退去が出たとき」「設備が壊れたとき」「大規模修繕の時期が来たとき」。つまり新しい契約が必要になった瞬間です。そしてその時には、もう父の意思確認ができなくなっている。気づいたら手遅れ、になりやすい。一人暮らしだと日々の変化を見ている人もいないので、なおさら発見が遅れます。
ポイント3:後見人をつけても「攻めの経営」はできない
「じゃあ成年後見人をつければ、代わりに経営してくれるのでは」。私もそう思って調べました。
答えは、「守りの維持はできるが、攻めの経営判断ができない」です。
家賃の受け取り、固定資産税の支払い、今いる入居者の管理といった日常の維持は、後見人がついても回ります。なので「完全に止まる」は言い過ぎでした。でも、アパート経営に必要な”攻めの判断”のところで、はっきり詰まります。問題は3つです。
① 大規模修繕やリフォームにブレーキがかかる
後見人の仕事は財産を「維持」すること。減らさないのが最優先で、増やすための投資的な支出は想定されていません。だから雨漏りの応急処置のような原状回復は通っても、外壁の全面塗装、設備のグレードアップ、空室対策のリノベーション(価値を上げる「資本的支出」)は、「財産を減らす支出では?」と見られて二の足を踏まれます。経営者なら「今500万かけて直して入居率を上げる」と判断する場面で、それができない。建物はじわじわ古くなります。
② 新しい入居者を入れるのに、家裁の許可が要ることがある
意外な落とし穴です。空室に新しい入居者を入れる(賃貸借契約を結ぶ)行為も、後見人は「本人に不利でないか」を慎重に調べる義務があるので、普通の大家さんのようには即決できず、空室期間が延びます。
③ 売却は、できるが機動性ゼロ
「売って施設代に」も、不可能ではありません。ただし後見人は複数業者から査定を取り、必要性や価格の妥当性を調べ、裁判所とやり取りしながら進めます。「いい買い手が見つかったから今月中に」は、まず無理です。
そして大前提として、後見人を選ぶのは家庭裁判所で、家族が選ばれるとは限りません。面識のない司法書士や弁護士が、父のアパートを管理することになる可能性が普通にあります。その人に毎月報酬を払いながら、①〜③の制約の中で「守りの維持」だけがされていく。
要するに後見制度は、財産を「守る」にはよくできた制度ですが、アパート経営のように「攻めて維持する」ものとは、そもそも相性が悪いんです。
ポイント4:認知症となったらどのくらいのお金が動くのか
概算で計算したら、家族全体で動くお金はこうなりました。
アパートの逸失。 家賃年収500万円のアパートで空室が2割増えれば年100万円が消える。2棟なら倍。大規模修繕ができず建物が傷めば、資産価値そのものも数百万〜数千万円単位で削れます。ここは上限が読めません。
介護・医療費の立て替え。 並行して父の施設代もかかります。施設介護の月額は平均13.8万円、介護期間の平均は55か月(約4年7か月)というデータがあります(生命保険文化センター2024年度調査)。単純計算で約760万円。施設の費用が月30万円規模なら1,500万円を超えます。父の口座にお金があるのに使えないので、これも子が立て替えることになります。
後見人の報酬。 凍結後にお金を動かす唯一の正規ルートが成年後見で、専門職が付けば月2〜6万円。父が亡くなるまで続くので、月5万円なら10年で600万円です。
| 項目 | 規模感 |
|---|---|
| アパートの空室・修繕停止・価値毀損 | 年間数百万円〜(累積で読めない) |
| 介護費の立て替え | 760万〜1,500万円超 |
| 成年後見の報酬(10年) | 240万〜720万円 |
預金凍結だけ見れば数百万円の話ですが、アパートが絡むと家族全体では軽く1,000万円を超えます。
ポイント5:結局いちばん怖いのは、決定権が「家の外」に出ること
数字をいろいろ書きましたが、調べ終わって一番こたえたのは金額ではありませんでした。
アパートをどう経営するか、それを「誰が決めるか」が変わってしまうことです。
父が元気な今なら、決めるのは父と私たち家族です。誰に任せるか、修繕するか、いつか売るか。選択肢もいくつかあって、家族信託にしておけば、子が経営をそのまま引き継げるようにもできます。
でも父が認知症と判断されると、決めるのは家庭裁判所と、裁判所が選んだ後見人になります。修繕計画も自由に立てられない、機動的な売買もできない。40年近く父が育てた経営が、会ったこともない人の手で「維持」されるだけになる。家のことが、家の外で決められるようになるわけです。お金が減るより、これがこたえました。
そして、決める人を「家の中」に残しておく手続き(家族信託など)は、全部「契約」です。契約には父の判断能力が要るので、元気な今しかできません。認知症と判断されたら、もう後見制度の一択。あとから「やっぱり」は効かない、一方通行の道です。
(後見と家族信託、アパートがある場合に費用や自由度がどう違うかは、別記事に資産パターン別でまとめました → 内部リンク:D記事)
おまけ:口座凍結そのものについて
アパート主体で書いてきたので、預金の凍結も簡単に補足します。
凍結は「認知症と診断された日」には起こりません。病院と銀行は繋がっていないからです。起こるのは、銀行が「本人の意思確認ができない」と判断したとき——窓口で本人が用件を言えなかった、家族が認知症だと正直に伝えた、大きな手続きで確認が取れなかった、などです。
「2021年から家族でも引き出せる」という話も見ますが、これは医療費など本人のためと明らかな支払いに限った、極めて限定的な救済です。銀行によって対応も違い、不動産は完全に対象外。だからアパートを持つ家には、この救済はほぼ届きません。
預金なら最悪、子が立て替えるという逃げ道があります。でもアパートには、その逃げ道すらない。だから私は預金より不動産のほうを心配していました。
で、親にどう言うか
リスクは分かった。時間との勝負なのも分かった。一番の問題はここからですよね。親にこれをどう切り出すか。
私は一度、正面から「認知症になったら口座が凍結されるらしいよ」と切り出して、40秒で失敗しています。説明すればするほど親は頑なになる、というのを身をもって学びました。その失敗と、二回目でなんとか会話になった手順(アパートの話をどう出したかも含めて)は、別の記事に全部書きました。
【内部リンク(大きめカード)】→ A記事「家族信託は「説得」しない。決める権利を親に残したら、扉が開いた」 【内部リンク】親御さん本人に直接読んでもらう記事はこちら → F記事
まとめ
- 収益不動産を持つ家で本当に怖いのは、預金凍結より「アパート経営が止まる」こと(修繕・入居契約・売却が滞る)
- しかも家賃が入り続けるので静かに進む。新しい契約が必要になった瞬間に、手遅れで気づく
- 後見人がついても「守りの維持」止まり。価値を上げる修繕・機動的な売買はできず、後見人は家族とも限らない
- 損失は家族全体で1,000万円超になりうる
- 一番怖いのは、アパートを「誰が決めるか」が家の外(裁判所と後見人)に移ること。家に残す手続きは全部「契約」で、親が元気な今しかできない
「まだ元気だから、もう少し先で」と思っている方へ。アパートの経営を子が引き継げるようにする手続きは、元気な今しかできません。後戻りできなくなる前に、検討だけでも早めをおすすめします。
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